1940年代、「誰もが平等なユダヤ人の国」の建設を夢見る建築家の夫とともにパレ
スチナに渡ったジェーンは、理想に燃える周囲の男たちのなかで自分の人生の意味を
見失って行く。性的に彼女を満足させられない夫は連合軍側の義勇兵として戦場に赴
く。残された彼女はホロコーストでヨーロッパに残して来た家族を失った書店主と関
係を持つ。戦争が終わり帰って来た晩、夫は彼女を抱いた後、ドイツで農婦を強姦し
たことを告白する。ジェーンはその彼に別れを告げる。
今世界でもっとも注目される映画作家の一人アモス・ギタイが、ニューヨークを舞
台に左翼的理想主義の挫折を描いた原作小説を、設定を40年代のパレスチナに置き換
えて映画化。主演はウディ・アレン監督の『ギター弾きの恋』で注目されたサマンサ・
モートン。その父親に扮するのは二十世紀アメリカを代表する作家・劇作家であり、
この映画の原作者でもあるアーサ・ミラー。その圧倒的な存在感も見逃せない。
イスラエルという複雑な政治性の渦巻く土地と、ユダヤ人の流浪の歴史を通して、
移民や移住、自分のルーツから離れるという極めて現代的かつ世界的な現象をテーマ
にし続けるアモス・ギタイが提示する世界観は過激で鋭い。政治的理想主義を性的不
能の男性の逃避的妄想とさえみなす現代史への大胆な異義申し立てが、一切の夾雑物
を排した映像の異様なまでの強度によって浮き彫りにされる。舞台をニューヨークか
らパレスチナに置き換えることでギタイが普遍化するのは、人間のアイデンティティ
をめぐる刺激的な考察であり、それは映画が直接描いている時代においてはもちろん、
現代の我々にとってももっとも深刻な問いを投げかける。
国家や民族、政治的・社会的な集団に同一化することにアイデンティテイを見い出
すことは、我々個人個人の実人生の複雑さからの逃避に他ならないのではないか?
それは個々の人間性の単純化・矮小化にもつながるのではないか? 孤独であること
によってしか自分であることができないところまで追い詰められたヒロインが、イス
ラエル建国直前のテルアヴィヴの街を歩く、その風景がワンショットのなかで現代の
テルアヴィヴへと変貌し、彼女が背後に高層ビルのそびえる街並のなかに消えて行く
ラストショットは、ことのほか鮮烈に見る者の心を貫く。
■水原文人(みずはらふみと) プロフィール
映画批評家/1970年7月23日生まれ/神奈川県横浜市/獅子座/
早稲田大学大学院文学研究科芸術学(映像演劇)修士課程修了
「プレミア」等で活躍する国際派映画批評家
guest@milkjapan.com (2002/9/30まで)
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