マリーは毎年夏になると、夫のジャンと共に海辺の別荘に滞在する。
しかし、ある日二人で浜辺に出かけ、マリーがうたた寝をしている間
にジャンの行方がわからなくなってしまう。警察に捜査を依頼するも
見つからず、マリーはそのままパリに戻るはめになる。失踪から数カ
月たってもなお、夫の不在を受け入れることができず、友人らの前で
あたかもジャンがその場にいるかのように振る舞ったりする。果たし
てジャンは事故にあったのか、それとも自発的に彼女の元を去ったの
か…。
フランソワ・オゾンの作品は、初期の短編から長篇作にいたるまで、
作中に同性愛要素が濃厚だったが、今回は皆無になっている。しかし、
殺人、近親相姦など突飛な題材に頼り過ぎて、作劇として拡がりに欠
けていた長篇作品のなかでは、残酷な恋愛を描いた秀作『焼け石に水』
とともに、映画作家としての力量が本格的に開花した作品といえる。
いたってシンプルな話の流れのなか、一切のギミックを使わず、マリ
ーの心が揺らいでいく様が丹念に描かれていく。ふとした日常生活の
中から、見えかくれする乱れが、実にサスペンス感あふれている。親
友の助言を受けたり、孤独を癒すかのように男友達と情事を重ねつつ
も、夫はマリ−の心からは離れない。そして、次第に長年連れ添った
夫の未知の側面を知るようになる。はたして人間というのは、長く寄
り添えばわかりあえるものなのか? お互いを完全に理解することは
できるのか? そして、孤独を癒すということは可能なのだろうか?
オゾンは失踪を通して次第に明らかになっていく、関係性や孤独とい
う事柄を残酷に照らしだしていく。『サマードレス』や『海をみる』
同様、海岸や砂浜が事件の発端としてここでも繰り返される。夏の海
辺と冬のパリ、そしてラストの冬の海辺と、異なる季節と土地の組み
合わせが、押しつぶされんばかりの孤独を表現する舞台装置として機
能している。
しかし、なんといっても特筆すべきは、シャーロット・ランプリング
の存在だろう。夫が不在のまま不安定な日々を過ごす、中年女性の心
境を抑制された演技で表現していて、圧倒的な存在感を示している。
彼女が出演した『地獄に堕ちた勇者ども』や『愛の嵐』といった作品
にも匹敵するだろう。特にラスト、浜辺をかけぬけるシーンは記憶に
残る名場面だ。
ジョージ・キューカーやルキノ・ヴィスコンティなど、ゲイの映画監
督は女優の使い方がうまいとも言われるが、オゾンもその系列に位置
するのだろうか。ちなみに彼の次作『8人の女たち』(年末公開予定)
では、カトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・ユペール、エマニュエル・
ベアール、ファニー・アルダン、ヴィルジニー・ルドワイヤン、ダニ
エル・ダリューという世代を超えたフランス映画界の大スターを起用
した、キャムプな感覚が炸裂するミステリー・ミュージカル・コメディ
になっている。こちらも要注目。
ジャンを演じるブリュノ・クレメールや、ゲイの監督アンドレ・テシ
ネ作品の脚本執筆・出演ほか、自伝的な監督作『L'Arriere Pays』で、
ゲイの中年男性を演じたジャック・ノロらの好演も忘れがたい。
■監督・脚本:フランソワ・オゾン
■共同脚本:エマニュエル・バーンハイム/マリナ・ドゥ・ヴァン/マルシア・ロマーノ
■出演:シャーロット・ランプリング/ブリュノ・クレメール/ジャック・ノロ
■2001年/フランス/95分/原題:Sous le sable
■配給:ユーロスペース
■公開:9月14日(土)よりシネマライズ他にて全国ロードショー
■MILCINEMA評価:★★★★
□OFFICIAL SITE
https://www.eurospace.co.jp/
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